
|
県産品レポート 2006年夏号
県産品レポート
しかし、時代は移り変わり、扇風機やクーラーの普及で、うちわの役目は激減してしまいました。そこで、時代の風に吹き消されてしまうと危機を感じたうちわ業界の人々が、さまざまな取り組みを始めました。新しい風が吹き始めたうちわのまち丸亀。どんな出会いが待っているのでしょうか。
うちわの港ミュージアム
![]() ![]() ![]() お問い合わせ:うちわの港ミュージアム
電話0877-24-7055 太助さんと登さん
![]() 「うちわの港ミュージアム」からJR丸亀駅の方向に歩いていくと、すぐ近くに港の小公園があり、見上げるばかりの石燈籠があります。これは「太助燈籠(たすけどうろう)」と呼ばれ、江戸時代にこんぴら参りの港町として、大変なにぎわいを見せた名残の燈籠。これを目印に、大勢の人々がこの港に上陸したのです。この大燈籠に最高額の寄進をしたのが江戸の塩原太助さんで、この燈籠は「太助燈籠」と呼ばれるようになりました。
そのかたわらに座る銅像が、丸亀うちわの普及に大変な貢献をした丸亀藩の江戸留守居役、瀬山登。中津藩からうちわづくりを学び、武士の内職として広めたその人です。驚くことにこの人物は、丸亀港の整備も行っていました。この「新堀たんぽ」という港ができたことにより、丸亀港を利用する人が倍増し、その人々がこんぴらさんの土産にと、丸亀のうちわを買い求めていったのです。瀬山さんのおかげで、丸亀うちわは日本一になったのです。 |